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第1話 白銀の娘と伯爵家の双子

作者: けもこ
last update 公開日: 2026-07-06 21:50:14

ローティシアが、グーテローワン家に身を寄せるようになって、もう5年になる。

それ以前は、この州の端にある教会の孤児院で暮らしていた。

父は、グーテローワン伯爵家の嫡男で外交官だったが、母との結婚を反対され、駆け落ち同然に家を出た。そして、母がローティシアを身ごもっていた頃、外国へ渡る船の事故で命を落としたらしい。

そんな境遇にあっても、ローティシアの記憶にある母は、いつも笑顔だった。

夫を亡くし、幼い子どもを抱えて生きるのは決して容易ではなかっただろうが、娘に向けるその笑みはいつも温かかった。

その母も、ローティシアが8歳のとき、道に飛び出した子どもをかばって馬車に轢かれ、帰らぬ人となった。

それからの数年間、ローティシアは教会の孤児院で暮らしてきた。

幸い、牧師や一緒に暮らす女性たちは皆優しく、慎ましくも穏やかな日々を過ごしていた。

そして、自分もいずれは修道女としてこの教会で生涯を終える――そんな未来を思い描いていた。

けれど15歳のとき、教会の牧師が亡くなった。

新たに赴任してきたのは若い牧師で、しかも妻帯者。

彼の妻は、同じ建物内で身寄りのない女性たちと共に暮らすことを嫌い、教会から出ていくようにとローティシアたちに告げた。

ローティシアは、帝都にある教会への紹介状を受け取り、馬車を乗り継いで都へやってきた。

だが、たどり着いた先には、すでに教会は存在せず、全く別の建物が建っていたのだ。手元にあったお金は、移動と宿泊でほとんど尽きており、寝る場所すらない。あちこちをウロウロしてみたが、帝都での野宿はどう考えても危険すぎた。

途方に暮れたローティシアは、父の実家であるグーテローワン家を思い出し、藁にもすがる思いでその門を叩いた。

せめて、他の教会を紹介してもらえればとて。

グーテローワン伯爵家は、この帝国でも有数の名家であり、代々中央で文官として仕える家系だ。

父も外交官だったように、一族には外交に通じた者が多い。現当主で父の弟にあたるクロードも、外務事務官として中央に務めている。

ローティシアが訪ねたその日、ちょうど伯爵家では大きな出来事があった。

クロードの妻・アビゲイルが、双子を出産したのだ。出産は難産で、さらに双子という想定外の事態に、家中は対応に追われていた。そんな中、伯爵の兄の娘――ローティシアが現れたのである。

クロードは、兄の面影を宿す少女の顔を見て、「この家で子守として働かないか」と声をかけた。

今思えば、あの日でなければ、アビゲイル夫人に冷たく追い返されていたに違いない。ローティシアは、運が良かったのだ。

そんなことを思い出しながら、やんちゃな双子に揃いの外出着を着せて、本を読みながら部屋で待っていると、使用人が呼びに来た。

子どもたちの手を取り、応接室へ向かう。

扉を開けて中に入ると、向かい合ったソファの奥に、黒髪で軍服姿の男性が座っていた――

「テオ、私の息子たちだよ」

クロードが子どもたちをその男性に紹介する。

「さぁ、私のかわいい坊やたち、こちらへいらっしゃい」

アビゲイルが普段は向けないような甘い声で子どもたちを呼び寄せる。

双子が、ローティシアの顔を見上げて伺うようにするので、ローティシアは微笑んで繋いでいた手を離した。子どもたちは戸惑いながら母親であるアビゲイルの方へ向かう。

「いい子たちね。さ、おいで。セオドア閣下、こちらが私のかわいい息子たち、ブルックとブルーノですわ」

子どもたちは緊張して、母親の手を握り心細げにローティシアの方を見る。

ローティシアは、声を出さずに『大丈夫よ』と口を動かして、子どもたちに微笑んだ。

「さ、ご挨拶なさいな。ブルック、ブルーノ」

アビゲイルにそう促されて、子どもたちが小さな声で、声を揃えて、こんにちは、とあいさつする。

「こんにちは。どちらがブルックで、どちらがブルーノなのかな」

セオドア閣下と呼ばれた男性が、低くて良く通る声で子どもたちに声をかけた。

人見知りな子どもたちは緊張して答えられない。閣下は、答えない子どもたちから目を上げて、母であるアビゲイルに答えを求める。

「えぇと、こっちがブルック‥‥よね?」

アビゲイルは慌てて子どもたちを見下ろして、見分けようとする。

普段、あまり子どもたちと触れ合わないアビゲイルは、咄嗟に双子の区別がつかないようだ。

そんなこともあろうかと、いつも子どもたちの着るものに少しだけ目印をつけているのに、アビゲイルはそれさえ忘れているようだ。

首元のリボンが茶色なのがブルック、青はブルーノだ。

もちろん、ローティシアはそんな区別が無くても二人を見分けられる。

アビゲイルが横目でローティシアを覗き見て、正解を乞う。ブルックの手を引っ張り上げた時に、うんうんと小さく首を縦に振ってわかるようにした。

「閣下、こちらがブルックで、こちらがブルーノですわ。ほほほ」

一連の様子を見て、閣下と呼ばれた男がちらりとローティシアに目を向けた。

彫りの深い精悍な顔。漆黒の髪に深い闇のような黒い瞳。いくつぐらいいだろうか。落ち着いたその表情と威厳ある態度を見ると自分よりは10は年上だろう。

扉近くに立ち尽くしたままぼんやりとしていると、遠くで交わされる社交儀礼の会話が耳を通り過ぎていく。

~~~~~~~

黒髪の騎士が自分の前にひざまずき、手の甲に誓いのキスを落とした。

「ローティシア姫。この命にかけてもあなたを守り通します」

この戦禍の中で、勝利の見えない運命の中で、自分が頼れるのは彼一人。

「どうかご無事で‥‥」

「ローティシア姫、もし、この戦いから無事に帰ってきたらどうかあなたと‥‥」

~~~~~~~

「――で、ようやく結婚をしようと思ったきっかけはなんだね? テオ。この帝都でも随一の色男である君が結婚もせず、侯爵家の跡取りを作ろうともしないでいるのを、世の母親たちはずっとやきもきしていただろうよ」

ローティシアは自分の妄想から我に返った。アビゲイルが子どもたちを引き取れと無言でにらみつけているのに気づいたのだ。

「まぁまぁ、クロード。そんな大人の話は子どもの前ではおよしになって。ローティシア、子どもたちを部屋へ連れて行ってちょうだい」

母親の手を離れると、子どもたちは飛び込むようにローティシアの方へ戻って来た。その手を引いて、軽く会釈をして応接室を出る。

「そうだな、次にいつ戦争へ行くかわからない。さすがに侯爵家を無くすわけにはいかないから、今のうちにどこかでよい相手を見繕っておこうとーー」

閣下と呼ばれた男性の声を背後に聞きながら応接室を出る。どうやら彼は侯爵様のようだ。

嫁探しに来ているのだな、そう気づいた。それならばアビゲイルは適任だ。

毎夜、あちこちの夜会に顔を出したり、屋敷で夜会を催したりしては、年頃の娘たちを呼んで、夫のクロードの繋がりのある貴族の子息たちに紹介をしている。

アビゲイル自身は自慢げに『私は社交界のご意見番』と言ってはばからない。

「さ、部屋に戻っておやつを食べて、その後、少しお昼寝をしましょう」

子どもたちにそう微笑んで言うと、おやつ!と二人が声を揃えて顔を見上げる。その可愛らしさに思わず笑みが零れた。

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